最終考察うみねこのなく頃に散を読んで

ネタバレだらけなので追記にて感想を

この本の竜騎士の対談で幾つかショッキングな話が書かれていた
まず、全部の密室が完全密室で錯覚密室はなく、古い手法の焼き増しという事
自分は密室談義といえば新手法の事で
特にエピ3の6連密室だけはそういう密室ファンに対して
竜騎士が提示した新密室だと思っていました
実際錯覚密室の手法でも解かれていて自分はそれを支持していたので
それが竜騎士の用意した模範解答ではなかったと言うのが驚きました

そしてもう一つは手品エンドについておまけであり最初に見た人はいないだろう
(バッドエンドを先に見ようと思ったような人以外でとの筆者による補足つき)
という話をしていた事で、こちらに相当驚きました
それに加えて筆者が幾子はベアトではないと断定している事にも驚きました
筆者のアンチミステリーという用語の解釈についても微妙に納得がいきませんでした

それが今回の感想を書こうと思った切欠です

まず自分はEp8を読み進めていてこの話が戦人が書いたものであるという事を常に感じていました
なので途中で留弗夫犯人説の説明が出て来たあとで
ウィッチハンター達が不謹慎で、死者を冒涜する行為だと書かれても
(メタ視点的に読者と竜騎士の対比みたいな物も多少感じましたが)
それを素直に戦人がそう書いただけだろうと認識しました
最後の選択肢、つまりこの話は魔法であったか手品であったかという選択を迫られた所で
おそらくここで選んだ結果で2つのエンディングに分かれて2つとも正解という話で終わるだろうと考え
暫く悩んだ末、今まで何度も魔法とはつまり手品であると書かれていた事もあり
戦人がこの物語を通じて魔法だと縁寿に伝えたかっただけであり手品は手品だと結論付け
それでも犯人が知りたいと手品を最初に選びました
(結果スキップなしで最初から丸々読み直しだった事に唖然としましたが)
そして選びなおした後の魔法話を読んで、手品こそが真実だっただろうなと思いました

選びなおした後の魔法話を読んでまず最初に驚いた事に十八戦人によるEp3の存在があります
自分はEp8を読み進めている時てっきり戦人作者なのはEp5~8だろうと思っていました
そして結末で十八=戦人がEp3を書いた事を知り、前述の手品エンドを選んだ理由でもある
戦人が縁寿にそう伝えたかっただけ、という部分が確信のようになりました

Ep3は絵羽が生き残った事が大きすぎて忘れてしまいそうですが
嘉音の死体が存在して紗音の死体と別にある事、そして戦人が殺される事が重要だと思っていました
そしてそれを戦人が書いたなら、それに大きな意味があるのだろうとも考えました
つまり絵羽が犯人であり戦人は死んだ、嘉音紗音も別人であり犯人に殺された
そして犯人は絵羽だと戦人が書くだけの理由があるのではないかと

Ep3は絵羽が生きている時に書かれており、戦人は絵羽が真実を語る前に先手を打って
真実を隠せるもっともらしい嘘として絵羽犯人説を書いたのではないかと考えました
そして本当に隠したかった事とは、戦人と幾子ベアトの生存だったのではないかと考えました

つまり実際は戦人は紗音との約束を覚えていたが紗音は連続殺人を犯してしまっており
(戦人が紗音=ベアトと気づいたのが犯行が進む中での事だったのでしょう)
その事実さえも受け入れそれを隠して二人で生きていく事を選び、全てに優先したので
絵羽を犯人に仕立て上げることを厭わなかったのではないかと考えました
縁寿を魔法という煙に巻いているのも留弗夫家犯人説のせいであるかのように書かれているが
書かれているという事はつまり、書いても良いこと=戦人が本当に隠したいことではないのではないか?
縁寿の来訪を断ったのも実行犯の時効前だったからではないか
作中一度も書かれていない幾子=ベアト=ヤスという一見突飛な推理こそが
最後まで隠した事=魔法エンドで閉じた猫箱の中身だったのではないかと考えました

自分はアンチミステリーの作品は虚無への供物しか読んだ事がないのですが
なぜ虚無への供物がアンチミステリーと呼ばれているかの自分なりの解釈として
「ミステリーとしての犯人が存在するのに、作中でこれはミステリーではないと宣言して犯人を挙げない」事
ではないかと考えています
つまりミステリーとしての犯人=戦人と幾子ベアトリーチェが居るのに作中で犯人は居なかったとして終わる事で
うみねこがアンチミステリーとして終わったのではないかと考えました

なので手品エンドの縁寿が選んだのは「戦人の言う魔法とは結局手品だ」という結論であり
たどり着くのは戦人が隠したかった事実、戦人こそが事件の重要人物である事に気づく事であると考えていました
(この部分は留弗夫家族犯人説でも成り立ちますが、自分は幾子ベアトリーチェの事であると感じました)

ところが作者である竜騎士が巻末対談で「手品エンドは書いてみたかったおまけ、最初に見た人は多分いないが
もし絶対に魔法なんて認めないから手品を選ぶという人がいたとしても、もちろんいい
バッドエンド臭が濃厚でトゥルーエンドには見えない」という発言をした事に非常に驚きました
筆者も「手品エンドがハッピーエンドという人に驚いている」と書いていますし
「(手品エンドの)縁寿がどんなに追い求めても真実は手に入らない」という発言に
竜騎士が「そうですね、だって縁寿が認めない限り真実たりえないんですから」と答えている
つまり手品エンド縁寿は絵羽が犯人だと思い続けている、というのがあのエンドの意図であるっぽい記述なのです

自分はこの2つのエンドは戦人が伝えたかった物語を受け入れるか、それでも犯人を捜したいかという選択であって
どちらにせよ縁寿は絵羽犯人説をすでに超えて少なくとも留弗夫家犯人説にはたどり着いていると考えていたので
思わずこんな長文を書き出すくらい非常に驚いたのです

戦人は縁寿に物語を受け入れて欲しいと語り続けた一方で手品は手品だと何度も語っており
つまり手品こそが真実で実際の事件についての犯人捜しはいばらの道=魔女化という結末で
前作の梨花が魔女になってベルンになったように次回作で縁寿が魔女になる事で
手品=トゥルーだったと暗に明かされるのでは?とさえ思っていました

竜騎士は答えが存在して手がかりを残したけれど読み手の推理の余地を残す為に答えそのものは語らない、と言ってますが
上のような記述を読むにどうも、うみねこは犯人が存在するが挙げない物語=アンチミステリという解釈や
手品エンドが戦人の物語との決別であり縁寿がいばらの真実を求め続ける魔女になるエンド=戦人を疑う道を選んだこと
という解釈は否定しないだけで竜騎士の意図したものではない、のかなぁ…とか、どうなんでしょうか…
スキップなしで最初から読まされたのは手品エンドは最初に選ばないだろうという作者の答えでもあったんですかね…

以上長文でした