エロティシズムという表現方法について

僕の中にある原体験と言うか、ああ、物語っていいなぁと思った切欠が
カオスエンジェルスであり、ELLEであり、龍の花園であり、サナトリウムロマンスであり
XENONであり、YU-NOであり、雫であり、ウテナである限り、エロは切り離せないんです
バラ氏に君はエロ表現を過大に信奉しているといわれてむっと来たりもしました
本当に、心の根の深くまで、エロティシズムというものがいかにして人の心に訴えるかや
そのためにどのような方法を使って物語を構成しているか、に対して強く惹かれます

また同じくバラ氏が非常にエロを軽んじているように思えてやはりむっとしたりもしましたが
今日、彼は彼なりにエロについて考えていると言う事も知りました
でも非常に深い溝があって、それを討論する事を楽しくない、と言われました
私にとっては数少ない心を割って話せる友人だったので、非常に残念で正直がっくりしました
彼に対する失望ではないですよ?自分が手に入れたと思った物に対してです

私は慎ましやかにしっとり燃え上がるように、タダのエロとは違った表現を心がけたいと思っています
静流さんの忍ぶ愛はなつきのために一人悲しく姫を狩るさすらいの女になるべきなんですよ!とかね
晶は威勢が良いけどちょっとした切欠で乙女になってしまって真っ赤っかでうぶなんですよ!とかさあ
ジョエルが可愛いから夕姫は虐めちゃうんですよ、とかね…

ああ、だれかわかってくれないだろうか?と枯堂夏子の歌のように都合よく思うわけですよ
私にヤンマーニ先輩はいつあらわれるでしょうか、そもそも生きていく事が出来ますか私は