実録 世界の謎を追え
世界のことを、第2世界では風という。
この物語は、第7世界で、今起ころうとしている物語である。
登場人物は、速水でもない、舞でもない、ただのプレイヤー、ただの人間である。
はじめに
私は何分、ゲーム作るのはプロだが、文章は素人である。下手な文はお許し願いたい。 それでは、はじめよう。
* * * * * * * * * * * *
1.序
起こり得る全てを予測しているとしか見えない男。あるいは、そうなるようにしかならないように仕掛けていく男。
運など、どうでもよかったのだと思うようになったのは、つい最近のことである。 私は最初に、とても残念な話をしなければならない。
最初からすでに勝負はついていた。おそらくはガンパレの企画が通った、その瞬間から。
* * * * * * * * * * * *
第1のゲーム ゲーム制作というものは、集団作業である。
ゲーム好きな何人かが集まって好きなゲームを作っていた時代とは、違う。 少年マンガ誌と同じで、そこは、商品企画と製品開発からなる効率重視の仕事場であり、夢も希望もまったくない酷薄な世界である。一日一本を超えるペースで消費される生鮮消費財を量産するシステムと言っていい。
だが、当時のアルファ・システムは違った。
その男は企画部企画課の社員で、名前を芝村と言った。ずっと後になって、私は彼が非常に優秀な自己組織型AIシステムの研究者だったと、風の噂できいた。何か問題を起こして、この会社に流れてきたとも。 ずっと前から会社に居たが、誰も彼が天才であるとは、思わなかった。
魔術師とも詐欺師とも言われる男。それが、アルファの半分のスタッフを、最終的にはほぼ全員を巻き込んでゲーム制作を指揮することになった。
* * * * * * * * * * * *
第1のゲーム解
それどころか冗談ぬきで、彼は家に帰るルートを毎日変え、不定期に引越しをしていたのである。
* * * * * * * * * * * *
第2のゲーム 私が入社したとき、そのヘンに偉そうな社員は、自分を第2世界の出身だと言った。 私が仕事で出張したとき、そのヘンに偉そうな社員が、実際に偉いことを知った。
アメリカ社員旅行のとき、そのヘンに偉そうな社員が、酔って歌を歌った時がある。耳の聞こえない人間にも、言葉が分からない人間にも等しく意味が分かる歌。
それがあまりに不思議すぎて、私はそれを書き留める。
* * * * * * * * * * * *
第2のゲーム解法 私や社員は、彼の物語を聞くのが好きだった。
闇を払う銀の剣。海を飛ぶ船。我々と良く似た、別人の冒険談。 彼は、世界は七つあるという。この世界は七番目の世界で、彼は、二番目の世界に生まれ、六番目の世界で過ちを犯し、七番目の世界に追放されて来たと。 尾上というデザイナーの、事実上ただ一人の血縁である母が危篤になって、彼が会社に来れなくなったとき、彼は母の病室で、芝村の語る物語の絵を描いた。それは5番目の世界の話。 それがガンパレード・マーチのはじまりである。
社員旅行のとき、芝村は、誰もが涙を浮かべる歌を歌った事がある、自分は何かをしなければと全員が思った歌だ。 シナリオライターだった私は、彼に話し掛けた。 彼は言う、歌は、魔法だと。
彼の故郷、二番目の世界は魔法の世界だと言う、そこは歌が全てであり、全てが歌であると言う。
力は、それが本当に必要になった、たった一度だけ使えばいいのだ。
* * * * * * * * * * * *
第3のゲーム ガンパレード・マーチのゲームスタートは、なぜか1999年の3月4日である。 元々は、99年の初頭に出す予定だったから何の問題もなかったが、発売が、なぜか1年半も延びた。理由は簡単である。
99年春。引継ぎのとき、彼の元部下だった私は、茶飲み話で発売時期が2000年の秋になりそうだから、これは、2000年にしたほうがいいですねと言った。 その質問に対する答えは、それだけは、やめてくれ。であった。 私は、その要請を受け入れた。女好きだとか、酒が好きだとか、人をからかって遊ぶ悪い癖があるとか、色々性格に問題はあると思ったが、実際、その手腕と業績は尊敬していたのである。
どうしても1999年の3月4日でなければならなかったのだ。
* * * * * * * * * * * *
第4のゲーム
掲示板管理スタッフは、これを荒らしかと思ったが、削除はせずに真面目に応対することとした。
私こと矢上総一郎(ホサれ中)は、これらを使って丹念に答えた。
そのうち、その系の質問が増え始めた。爆発的に増殖していると言ってよい。
今、思えば、この時点で気付くべきだった。
* * * * * * * * * * * *
第5のゲーム
ありていに言えば、どう考えても、一部の人間が暴走して、他の人が「いやーん」しているような気がしたのである。
結論:だいぶ嫌がられてるなぁ。
その頃は「クラインの壷とか、PDPとか、ゲーデルとか」まあ、ゲームの掲示板としては信じられないような言葉が並んでいたのである。この頃の有名な謎ハンターは、snow-windや、綾繁であった。(敬称略) かくて荒らし対策として、我々は会議をもつことになった。どうしよう。なんとか悪いイメージをあたえずに、そういう質問をどうにかできないかな。これはSCEのスタッフも参加した、結構真面目な会議である。
結論2:世界の構造にまつわる奴は、情報を非公開にしましょう というか、しばらく答えるのはやめましょう。というわけである。かくて世界の謎には突然高い壁ができ、謎を追うプレイヤー達は、よりどころを失った。 今思えば、それは完全に失策だった。最初なかったエンディングランクを、芝村が辞めた後でSCEと組んでつけちゃった以来の大失敗である。あの頃のユーザーに対しては、平身低頭しきりである。
ゲノムという言葉がある。それ自身は無害だが、一定の数が集まると、それが深遠な意味をもつ、小さな因子である。
芝村は、この時点で二つのゲノム、あるいは罠を仕掛けていた。 一つは、“チェーン・ゲノム”。一つの情報(謎)が明らかになると、次の謎が現われる。場合によっては二つも三つも謎が現われる。つまり、謎を追う人間は、加速度的、爆発的に情報のラビリンスに引きずり込まれ、それを求めるようになる。
もう一つは、“ミラー・ゲノム”。これについては、後で記述する。
彼は、無数のチェーン・ゲノムを仕掛けることで、世界の謎を追うユーザー達をそれと知らずに操作して。次々と彼のゲームに参加させていたのだ。
* * * * * * * * * * * *
第6のゲーム
彼は1年以上の間、失踪していた。正確には無駄作業になったガンパレのシナリオ1・2・3の失敗責任を取って、半ば強引に退社後、姿を消していたのである。 「ちょっと第5世界まで行ってきた。娘が、心配だったのだ。」
あいかわらずだよ、あの人は。我々はそう語り合った。
彼は、OVERS・System Ver1.00の設計図を私に示し、彼の娘の一人をモデリングしたAIを見せながら、言った。 ぎりぎり間に合った。
* * * * * * * * * * * *
第7のゲーム 芝村は復帰着任後、突然世界の謎関係の情報規制撤廃を指示した。 我々はSCEと話した結果としてこれを却下した。また、荒らしが増えても困るからである。
すると彼は、想像する余地はまったく必要ない。と言った。 その言い方があまりにも芝村的なので、私は熱くなった。ありていに言えば、激怒した。あまりにも見下した態度、傲岸不遜だったからだ。
それが芝村の回答であった。
* * * * * * * * * * * *
第7のゲーム:解法 ここでドカンという言葉を説明しなければならない。
なぜ、罠なのか。 芝村は一々何を考えているかを人に告げることは決してない。
何考えてるか分からないのに、それの邪魔をすると怒られる。まさに罠である。
「それは、ユーザー達は口を開けて立っていればいいと言うことか、ユーザーの自主性を失わせると言うことか。」
つまり、
我々は、この段階で、そこに罠があることを知ったのである。
ドカンには意味がある。
例えば、ある社員がいいアイデアだと仕様を思い付いて、それを芝村に提出する。ドカン。
これを、“ミラー・ゲノム”あるいは論理トラップという。彼は、チェーン・ゲノムと同時にこれを仕掛けていた。 このゲノムは全部の情報が一つのキーワードを鍵にして、一斉に意味を反転する、ハッカーやアジテーターが主として仕掛けるゲノムである。 あの男は約60万のチェーン・ゲノムと7つのミラー・ゲノムを仕掛け、その上で一般人が引っかかるダミートラップを2万4千個所で仕掛けたゲームシステムと世界設定が組み合わさった“システム”を組み上げていた。 つまり、どこもかしこもトラップゾーンで、奴が手を叩いた瞬間にまったく別の何かに変わるような、まるで魔法のようなシステムを組み上げていたのだ。 言い換えれば、社員にとっては大変気持ち悪いものが出来る。奴が魔法のワードを唱えたら、自分がこうだと思うその全てが、あっと言う間に塗り替えられるからだ。 今回の場合、奴のトラップの中でも最大級の奴が仕掛けてあった。
ガヴァナー:匿名希望
美術監督 尾上
メインプログラム:坂上
社長:社長
SCE:永野
* * * * * * * * * * * *
第8のゲーム
ということで、私はせっせとレスをつけることにした。 増えた。質問が加速度的に増えて、倒れそうになった。(最初から倒れているという噂もある。)
アクセスするユーザーの過半(49%+)が目をぐるぐるにして世界の謎を追い始めるのは、なにこの人達と思わなくもなかったが、そのうち、自分も飲み込まれた。
面白いように自己組織化して、まったく知らない間柄の人間達が協力プレイを開始するのは、見ていて感動するものがある。それぞれが足りないものを補い、一人が倒れれば、一人が代りに立つ。全員が全員勝手なことをやりながら、なにか一個所を見つめてる。 ああ、この光景なんだかどこかで見たことがある。 そうか、そうなのか。 私は、何一つ自分は分かっちゃいなかったと、くやしくて5年ぶりに本気で泣いた。
* * * * * * * * * * * *
第8のゲームの解法 私は私の役目を果たすことにした。静かで無秩序な舞台で、情報規制を撤廃し、魔法の言葉を使うのだ。それは“ループしていない” ユーザー達が、動き出す。 失われた時を取り戻すように、世界の謎を追うユーザー達の書き込みが一斉に増えていく中、プレイヤーの役割分担が起こり始めた。自己組織化。
最初からこうなるしかなかったかのような、天の配列。
なんという偉大なる魔法。これを予測して、これを狙って全てを仕掛けていたのか。
自己組織化臨界点という言葉がある。一定の数のファクターが集まったとき、まさに魔法のようにシステム化する現象。芝村は、自己組織化するAIの研究者だった。
化け物め。 5000人を越えるプレイヤー達が、自分の好き勝手に歌いながら、それで合唱しているように変化する。大も小も、一点に指向を開始する。 ガンパレード・マーチというゲームを作る直前、アルファ・システムが一致団結したことを思い出す。そして我々は、採算を度外視した、沢山の無駄があるシステムをつくった。
全てが、動き出す。
あの男は、勝ったのだ。
つづく
* * * * * * * * * * * *
昔 私が入社したとき、そのヘンに偉そうな社員は、自分を第2世界の出身だと言った。 私が仕事で出張したとき、そのヘンに偉そうな社員が、実際に偉いことを知った。
社員旅行のとき、そのヘンに偉そうな社員が、酔って歌を歌った時がある。耳の聞こえない人間にも、言葉が分からない人間にも等しく意味が分かる歌。
それがあまりに不思議すぎて、私はそれを書き留める。
あれは全部、罠だったのか。
我々は、完全に敗北した。
つづく |